【Life Size Gallery】vol.6 長谷川ミラさんと地球環境を描く画家シム・シメール作品を通して語り合う「表現×社会課題」の可能性
COLUMN
【Life Size Gallery】 vol.6
長谷川ミラさんと
地球環境を描く画家シム・シメール作品を通して語り合う
「表現×社会課題」の可能性。
今回対談のお相手は、モデル、タレント、ブランド運営、コミュニティ運営……など、さまざまな表現を通して社会課題を発信する長谷川ミラさん。ミラさんの中で「表現」と「社会課題」が交わったきっかけは、ファッションを学ぶために進学したロンドンの名門芸術大学・セントラルセントマーチンズでの経験だと話します。
そんなミラさんと、「環境月間」に合わせて、アートという表現を通して地球環境を描く画家シム・シメールの作品鑑賞を交えながら、「表現」×「社会課題」の可能性を探ります。
「あなたはどう思う?」社会課題が日常会話に溶け込むイギリスでの経験
ーー高校時代までを日本で過ごした後、イギリスのセントマーチンズに進学されたことで、社会課題や表現への考え方にどのような変化があったのでしょうか?
長谷川ミラ(以下、ミラ):
セントマーチンズは、ただ服やものづくりをするのではなく、過程を大切にする学校なんです。私はファッションコミュニケーションを学んでいたので、大学のカリキュラムの中で、ZINEや映像の制作をしたことがありました。それは、単に「お洒落なもの」をつくればいいのではなく、裏側にストーリーを求められていて。周りのクラスメイトたちは当たり前のように社会課題をテーマにストーリーを考えていくんです。たとえば、オランダの子が“Red Light District”という売春地区で働く人たちのビザ問題を話しはじめたり、 南アフリカの子が黒人を取り巻く状況について語りはじめたり……。そういった話をただ聞いていたら「ミラは? 日本はどうなの?」と言われてハッとしました。ファッションやアートと社会課題は必然的に関わっていると実感した瞬間でしたね。
最初は何を話せばいいかわからなくて「え? 日本? なんだろう……」と戸惑っていると、「ジェンダー問題は? 日本ってジェンダーギャップ指数がずっと低いままじゃない?」「そうそう! 広告が問題になることもあるんでしょ?」と言われて。日本に住んでいない子が、私より日本の課題を知っていたんです。学校の外でも、タクシーに乗ったらドライバーさんに「ブレグジット(イギリスのEU離脱)について君はどう思う?」と聞かれたり。日常的に社会について考える会話がありました。
辻愛沙子(以下、辻):
たしかに海外で暮らしてみて気づくことってありますよね。私も中高時代を海外で過ごしましたが、大学進学で日本に帰ってきたときに、サークルの新歓一つとっても、サラダの取り分けから支払額まで、さまざまなところでジェンダーロールが当たり前にあって驚きました。
ミラ:
え〜! なにそれ! そんなことがあったんですね。私も「ジャパニーズプライド」を持ってイギリスへ渡ったつもりだったのですが、周りの話を聞いてショックを受けたり恥ずかしい思いをしたりしました。「日本はイケてると思っていたけど、もしかしてヤバいところもあるのかもしれない。」そんな思いが発信のきっかけになったんです。
環境問題はライフスタイルによって最適解が違うからこそ、考えるきっかけづくりが大切
辻:
イギリスと比較して日本では社会課題を日常的に語ることにハードルを感じます。その壁をミラちゃんはどう捉えていますか?
ミラ:
私は「3.5%の人が変われば、社会が変わる」という法則を信じて、少しでも興味を持ってもらえそうな人たちに届くといいなと思って発信しています。専門家の方々のお話ももちろん大切ですが、それだけでは興味を持てないこともあるので、今まさに学んでいる途中の私が、いろいろな表現や媒体を通して等身大で伝えていくことに意味があるのではと考えています。
辻:
たしかに難しくて敬遠してしまうような課題でも、ミラちゃんがポップなビジュアルでライトな語り口で話していると、聞いてみたいなって思えますよね。
ミラ:
ありがとうございます! 結構それをテーマに表現しているんです。たとえば、ファッション。環境に配慮されたファッションを普段から楽しんでいれば、「その服かわいい!」と声をかけてもらえたときに「実はこの服は再生ポリエステルでできていてね……」と自然に環境の話ができます。ファッションやアートといった身近なものを介すことで、会話のきっかけがつくりやすいんです。
辻:
まさに、“北風と太陽”の“太陽”のアプローチですね。課題を深く伝えていくことも大事ですが、同時に身近なものを通じた発信や表現で環境問題に関心をもつ“きっかけ”を届けていくことも大事ですね。
シム・シメール作品を通して環境問題を考える
ーーミラさんがさまざまな表現で社会課題を発信されているように、アートを通して地球環境に関する問題を訴える画家がシム・シメールです。今日は一緒に彼の作品を鑑賞いただきます。
ミラ:
かわいい〜!
辻:
動物のつぶらな瞳が印象的ですね。描かれている動物の中で、絶滅していたり絶滅危惧種になっていたりする動物もいるんだろうな……。
上《KINGS WORLD(MM)》技法:その他、
左下《CURIOSITY 12×9》技法:アクリル、右下《SSC ウルフ ソング》技法:ジクレ+アクリル
ミラ:
人間によって生態系が崩されていることは、環境に大きな影響があるんですよね。たとえばニホンオオカミが絶滅した影響で、捕食者がいなくなったシカが増え、シカが森林の植物を食べすぎてしまったと言われています。
辻:
ええ、そうなんですね。
ミラ:
自然を保つには、マジで生態系のバランスが大事らしくて。環境問題についてわからないことがたくさんあるので、よく取材に行くのですが、動物から植物、微生物まで関係し合っているそうなんです。
生物の多様性が維持されていて、背の低い草木にまで日の光が届いているのがいい森。森に降り注いだ雨が土壌で時間をかけて浄化されながらゆっくり流れてきて飲み水になります。私たちの生活にも関わっているんですよね。作品を観て、そんなことを思い出しました。動物も自然も人間も繋がっている。
辻:
たしかに、自然のバランスを感じる作品が多いかもしれません。ライオンも草木も鳥も、関係し合っているんですよね。その中に地球が入ってくるのは、大きくて不可視化されているけど「私たちのすぐ近くにあるよ」というメッセージのように感じます。
ミラ:
面白い! 動物と並べて描かれていることで、「地球も動物みたいに生きているんだよ」と思えてきます。地球が印象的ですね。いい意味で、周りに馴染んでいないように見えて、でもそれが綺麗ですよね。いろいろ考えたくなる。
《A BEDS OF CROUDS(MM)》 技法:その他
辻:
たしかに浮いているように見える! どこまでも写実的に描けるはずの作家さんが、違和感をつくることで、ただ「綺麗だな」で終わらず「これってなんだろう?」と考えるきっかけを与えてくれているようです。こうして答えがない対話をできるのが、アートの面白さですね。
答えのない「社会課題」を、答えのない「アート」から考えることで、会話が弾む。
ミラ:
まさに大学では、こんなふうに作品を鑑賞しながら、それぞれが感じたことを話し合っていました。答えがないからこそ、オチのない会話を続けやすいんですよね。環境問題にも一つの答えはありません。
環境負荷がより少ない選択は、その人のライフスタイルによるところが大きいので、正解がありません。たとえばマイボトルはペットボトルよりも製造過程でエネルギーが必要なので、何千回と使わないと使うメリットがペットボトルを上回らないんです。
お仕事先で飲み物を用意していただけることが多い私は、マイボトルを持たないほうが実はエコかもしれないし、毎日通勤や通学をして、飲み物の補充ができる生活スタイルの方はマイボトルのほうがエコかもしれません。
辻:
エコと言われているマイボトルやマイバッグも、一つを繰り返し使わないと、環境負荷が逆に高くなってしまうと。
ミラ:
まさにそうです。マイ箸は、環境に負荷がかかる洗剤で洗うなら割り箸のほうがいいかもしれませんし、マイバッグも素材によって効果的な使用回数や洗濯頻度が変わってきますよね。「マイバッグを使っている=環境に優しい」ではないこともあるんです。
ただ、ここ数年でマイバッグが普及したのは、私はいいことだと思っています。環境について考えるきっかけが増えたから。
辻:
なるほど。自分なりのスタイルを見つける必要がある問題だからこそ、考えることと、そのきっかけづくりが大切なんですね。どうしても、他人に絶対的な答えを求めたくなりがちですが……。
ミラ:
そうなんです。答えは一つじゃないし、100%の正解はないんですよね。私も学ぶほどわからなくなったり、迷ったりすることもあります。そんな気持ちもできるだけ素直に発信して、一緒に考えていけるような表現を心がけています。
私の発信に対して、環境問題について考えたいけど「話す相手がいない」とか「友達に話をふるのが難しい」というコメントが寄せられるのですが、アート鑑賞を通してなら話しやすいかも! と思いました。
辻:
たしかに! 日常で「さぁ、環境問題について語り合いましょう」と話しはじめると「勉強不足かもしれない」とか「間違えてしまうかも」と不安になったり身構えてしまったりする人もいるかもしれません。そんなとき、アートを通してならコミュニケーションを取りはじめやすいかもしれませんね。
環境問題に限らず、社会課題は複雑で当事者性も課題への解像度も人それぞれ違い、それらが目に見えないこともあるので、どこから話すか難しいこともあると思います。でもアートなら作品として可視化されているので、同じものを見ながら、違うことを感じ、話し合うということがやりやすい。その時代の社会が反映されている作品が多いアートを通して社会課題を考えるのはいいきっかけになりそうです。
ミラ:
うんうん。今日、絵を観ながら話したのも楽しかったですよね。違うことを感じていたけれど、それを知れるのが面白いですし、考えが深まっていきます。
アートを観て感じたことを言葉にすることが難しい方もいると思います。私も大学に入って美術館に行くようになったのですが、はじめは全然感想が浮かばなくて。
辻:
そうだったんですね、先ほどスラスラと感想を話していた姿からは想像できません!
ミラ:
最初は全然! どう鑑賞すればいいかわからなかったですね。でも、アートを見慣れている友だちと鑑賞して話を聞いていると、視点が増えていくんですよ。
辻:
たしかに、それはあるかも。最初は意味がわからなくても、詳しい人と一緒に行って解説を聞くとどんどんのめり込んでいくことがありますよね。
ミラ:
うんうん。こうやって観るんだなって真似ているうちに、だんだんと自分のオリジナルの視点や解釈が生まれてきて、一人でも楽しめるようになります。アートだけでなくファッションでも、コレクションを観るときに「デザイナーさんやディレクターさんは今回どんなテーマでつくったんだろう」と必ず意識するようになりました。大学で物事の裏側にはなんでもストーリーがあると学んでから、観て考えるのがめちゃくちゃ面白くなりましたね。
絵やファッションなどアートのいいなと思うところは、観ている側が解釈を自由に広げられるところ。答えがない「表現」を通すことで、同じく答えがない「社会課題」への考えを深められるのが、アートの一つの可能性だなと思います。
①シム・シメール《ジェントル イヴニング》
技法:アクリル
影になっているところが想像力を掻き立てられますね。象は大きく描かれているから、手前にいるのかな。木が小さく描かれているから、奥にあるのかな。影が陰影をつけずに表現されているので、なんだろうと引き込まれます。
②シム・シメール《KINGS WORLD(MM)》
技法:その他
手前にライオンがいて強いイメージを受けます。鳥はカラーで描かれているのに、象はなぜ影で描かれているんだろう。月と地球のコントラストが好きです。
③シム・シメール《TRYING TO KEEP UP(ORIGINAL)》
技法:その他
これも他の2作品と共通しますが、影が不思議で引き込まれます。描かれているものの距離感を考えたくなりますね。
※本取材はまん延防止等重点措置及び緊急事態宣言発出期間外に、感染対策を行ったうえで実施しております。