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【Life Size Gallery】vol.5 画家の思想と哲学が生きる希望をくれる。辻愛沙子と観る「リャド原画展」

2022-03-15 12:00:00

COLUMN

【Life Size Gallery】 vol.5

画家の思想と哲学が生きる希望をくれる。

辻愛沙子と観る「リャド原画展」

時間の使い方が変わって、おうちにいる時間が増えて。「暮らしを豊かにしたい」そんな気持ちが芽生えた人も増えているであろう今日この頃。花を飾るように、音楽を聴くように、アートに触れてみる。「Life Size = 等身大の」。 Life Size Galleryは、20代の辻愛沙子がさまざまな切り口で、アートと人のリアルをめぐる対談連載です。


今回はナビゲーターである辻愛沙子が、スペインを代表する画家ホアキン・トレンツ・リャド(以下、リャド)の展示会「リャド原画展」を訪れました。リャドは、47歳で夭折してから25年が経つ今もなお愛されているスペイン出身の画家です。まずはリャドの絵画の背景を知らない状態で鑑賞し、あらためて解説を聞きながら同じ絵を観てもらいました。


「来場する前はちょっと敷居が高いかなと思っていた」と語る辻。その心境にどのような変化があったのか。自身のアートとの関わりを交えながら語ってもらいました。

「好きな作品が家にあることで、“生活”が始まった」辻愛沙子とアート。


ーーご自宅に複数のアートを飾られているほどアート好きな辻さんですが、アートに関心を持ったきっかけは何だったのでしょうか?


辻愛沙子(以下、辻):

幼少期から好きだったように思います。油絵を描いていた祖母や、ポーセリンアートをやっていた母を中心に、「美しいもの」を暮らしの中で楽しむような家族だったんです。その頃から、私の中で「アート」といえば「豪華絢爛なアート」というより、日常に馴染む「暮らしに根差したアート」という感覚でした。家には祖母や母の作品だけでなく、ヨーロッパの市場で出会った名前の知らない画家の絵画などもありました。「社会的な価値を問わず、自分が美しいと思うものを愛し、暮らしに取り入れる」感覚は、小さい頃に染み込んでいたのかもしれません。

▲辻さんの自宅(辻愛沙子 提供)

ーー辻さんご自身は創作活動をされることはあるのでしょうか?

​​​​​​​辻:

私自身も、物心ついた頃から絵を描くことが好きでした。とくに高校生の頃は一番絵を描いていたと思いますね。アメリカでの寮生活で、精神的にとても苦しい時期があったんです。そのときの自分にとって、絵を描くことが心の支えになっていたんです。時間を忘れるくらい熱中して、部屋にこもって夜が明けるまでもくもくと描くこともありました。


今はなかなか絵を描く時間はありませんが、代わりに自宅にアートを飾るようになりました。それまでは自宅であっても、どこか自分の居場所ではない感覚があったんです。ですが、自宅にアートを飾ることで「自分が愛するものが待っているから帰りたい」と思えるようになりました。家に恋人が待っているような感覚に近いかもしれません。大事なアートの周りを散らかしたくなくて、こまめに掃除をするようにもなって。アートがあることで“生活”が始まった気がします。

▲アートやデザイン、インテリア関連の書籍も多く所有(辻愛沙子 提供)

ーーアートのどういうところに魅力を感じますか?

辻:

作品を通して別の世界を感じることですね。アートを家に飾るのもそれが理由です。自宅やオフィスに飾っている作品や好きになる作風はさまざまですが、共通項をあげるとすれば「人間らしい作品」。完成され尽くした美しさというより、どこか人間の不完全さやいびつさを感じられたり、つくり手の息遣いが聴こえたりするような作品に惹かれます。​​​​​​​

▲辻さんが所有しているアートの一部。

作者 左上から時計回りに、山崎由紀子 、eimi 、Echidna (jin)、Chopped Liver Press、A2Z™ (辻愛沙子 提供)

理想を描くために。情熱に裏打ちされた光


ーー今回辻さんに鑑賞いただいたリャドの作品はいかがでしたか?


辻:

展示会に足を運ぶ前に抱いていた印象と、いい意味で違いました。油絵ということから、伝統的で格式高い作品を想像していたんです。ですが実際に観てみると、大胆な筆遣いで風景画を囲むようにフレームのようなものが描かれていたり、文字が入っていたりしていて。風景の部分も、引きで観ると「光と影が繊細に描かれた印象派」という感じがするのですが、近くで観ると筆致が力強くダイナミックなところがあります。作品によっては絵の具を飛ばしたり垂らしたりしているところもあり、ストリートアートのような印象を受けました。


実は、私はストリートアートにハマっていた時期があって。高校時代を過ごしたアメリカでストリートカルチャーに出会い、グラフィティにも興味をもつようになったんです。自分でも巨大な紙にスプレーで描いて、校舎の壁に展示した思い出があります。ですから、一気に心を掴まれた感覚です。



ーーここからは、辻さんがとくに気に入った作品を、展示会を主催するアールビバン株式会社の仲眞理智子さんに解説していただきます。仲眞さんは、生前のリャドと対面されたこともあるそうです。

辻:

「ストリートっぽさ」はとくにこの作品から感じました。描いた絵の上にフレームや文字を載せているのが斬新ですね。


仲眞理智子さん(以下、仲眞):

この外枠は「リャドフレーム」と呼ばれています。風景を描くとき、一般的には自分がどの位置からどの方向を見て描くかを決めても、キャンバスいっぱいになるよう視界の外側も描き足していくことが多いんです。

ですがリャドは、あくまで視界の範囲だけを描きました。そして風景を描き終えたあと、若い頃に描いていた抽象画の技法を使い、外側の空いた部分を塗っているんです。


辻:

もしフレームがなく、風景に入っている乳白色の面積が大きくなっていたらよりまろやかな印象になりそうですが、外側にブルーが入ることでビビットな印象になっていますね。

一方で風景の部分は、鳥のさえずりが聞こえてきそうで、「ここでお茶したら素敵だろうな」「太陽の光が差して気持ちよさそうだな」と、この絵の場所に自分も立っているような感覚になります。


仲眞:

リャドはクロード・モネを中心に印象派の影響を受けており、光をとても大切にしていました。とくに朝の光を好んでおり、まだ辺りが暗い4時や5時に起きては、同じ場所に通って描いたといいます。朝の光は短い時間で射し方が変わってきますから、何日も通ったそうです。


こちらの2枚はどちらも同じ場所の夜明けを描いているリャドの代表的な作品です。

仲眞:

2枚の大きな違いは、光の描き方です。先に描かれた『カネットの夜明け』(写真左)は、光と影をはっきりと描いています。一方で、後に描かれた『カネットの夜明けⅡ』(写真右)は、オレンジの絵の具を絵筆から強く投げつけるように飛ばす「スプラッシング技法」で、動きのある光の粒子が表現されているんです。きっと、光の表現を真摯に探っていたのではないかと思います。


辻:

早朝に起きて何度も同じ場所を訪れて描き、さらにはその場所を新たな作品として再び描く。熱意と誠実さを感じて心を打たれます。私も素人ながら絵を描いていたので思うのですが、絵を描くって、ある部分すごく苦しいことでもありますよね。描きたいものが描けない、表現の幅や技術が足りないことに、向き合い続けないといけない。その苦しみを越えてこの作品たちがあるのだと思うと、より血の通った作品に感じます。

社会や詩に触れ、思いを作品に昇華する。


辻:

ブルーの色味が素敵なこの作品もすごく好きです。迷いのない青を選び、荒々しい筆遣いを残していたり削ったような文字を並べたことからも、どこか意志の強さや反骨精神のような雰囲気を感じます。​​​​​​​

仲眞:

これは『ロルカの詩Ⅱ』という作品です。リャドと同じくスペインの詩人であるフェデリコ・ガルシーア・ロルカの詩にインスピレーションを受けた作品です。ロルカはロマ*を主題に、貧富の差や略奪される人々についての詩を詠んでいました。人気の詩人でしたが、その社会的な作風から、最後は逮捕、銃殺されてしまいます。

実は、ロルカの詩を題材にした作品は3つあるんです。リャドはロルカと通ずる心情や考えがあり、作品として残したのではないでしょうか。

​​​​​​​*ロマ:ヨーロッパを中心に世界各地で生活する少数民族。長く移動生活を送り、追放や迫害の対象となった歴史がある。


辻:

そんな背景があったんですね……。彼の強い意志を作品から受け取っていたのだなと腑に落ちました。社会性のあるテーマでありながら、あえて色鮮やかで光が差しているような描き方を選んだリャドの複雑な思いも、より多くの人を惹きつける理由なのかもしれません。

作品の奥に隠れる誠実さとこだわり

辻:

光と影が印象的なこの絵は、一番好きな作品でした。実際の風景は描かれているほどコントラストが強くないかもしれませんが、美しい光は現実よりも明るく記憶に残ると思うんです。

そんな「ずっと記憶に残るほど美しい光」が表現されている気がして、自分が過去に見た美しい光が思い起こされ、そのときの幸福感が蘇ります。作品の美しい風景と自分の美しい記憶が重なるというか、共鳴するというか……。心の奥からじんわりとあたたかな気持ちになりますね。影の部分が私の好きな紫色で表現されているのも惹かれるポイントです(笑)。

仲眞:

『LA ALHAMBRA』という宮殿を描いた作品の原画です。リャドは生前に23作品しか残しておらず、原画はとても貴重なんですよ。影を紫色や群青色で描くのは彼の特徴でもあります。この影により、あたたかな光の色が際立っていますよね。草木の香りまでしてきそうです。


辻:

宮殿を描いているのに、どこか民家のような、暮らしが見えてきそうな身近さも感じます。何かを足したり華美に見せたりせずに、見たものをそのまま誠実に描いているからなのかなと……。


仲眞:

誠実さでいうと、リャドの妻も「彼ははっきりとした性格で、こだわりが強く、真っすぐに作品に向き合っていた」と話していました。肖像画にまつわるエピソードからも彼の作品に対する誠実さを感じられます。

リャドは宮殿に出入りして、王族の肖像画も描いていました。彼の肖像画は人気で、国内だけでなく国外の王族や著名な方からの依頼もたくさん寄せられていたんです。ですが、彼はモデルの内面を大切に描くことにこだわっていたため、どれだけ著名な人に頼まれても知らない人の肖像画は描かなかったといいます。


辻:

名誉やお金よりも、自分の哲学を大切にしていたんですね。きっとリャドは権威に踊らされるようなことがなく、何かを誤魔化すようなこともなく、どこまでも誠実に作品や社会と向き合っていたのだろうなと。彼の人柄が作品の端々から感じられ、作者にまつわる背景を頭におきながら鑑賞すると、より深く作品と対峙できるんだと実感しました。

生きていると、周りの影響を受けて本来自分がありたい姿を抑圧し、無理をして「自然ではない」自分を演じてしまうことがあると思います。そういうとき、私は作家の人間性や息遣いが滲むアートを観ると、まるで鏡を見ているかのように自分とじっくり向き合えるんです。リャドも然りですが、人生をかけて、持てるものすべてを使い、純粋に誠実に泥臭く表現に向き合い続けた画家の軌跡に触れたとき「どこまでも真っすぐに、自分に誠実に生きていこう」と背中を押されるような気持ちが湧き上がるんです。

​​​​​​​今回の「リャド原画展」でも「時代も表現手法も異なるけれど、自分と似た思いをもって、伝えようとしていた人がいるんだ」と未熟者ながら感じることができ、力をもらえました。ぜひ読者のみなさんにも生の絵画を鑑賞して、この感覚を実感してもらいたいです。


※本取材は必要な撮影時以外マスクを着用し、感染対策を行ったうえで実施しております。

今回、辻愛沙子が訪れた「リャド原画展」は、さまざまな地域で定期的に開催されています。

詳細や今後の展示スケジュールは公式サイトをご覧ください。

※展示スケジュールや場所は変更・中止になる可能性もございます。


「リャド原画展」公式サイト

https://artvivant-llado.net/

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