【Life Size Gallery】vol.4 自由な探究が、自分の価値観を大切に過ごす日常へと繋がる。『13歳からのアート思考』末永幸歩さんと語る作品鑑賞。
COLUMN
【Life Size Gallery】 vol.4
自由な探究が、自分の価値観を大切に過ごす日常へと繋がる。
『13歳からのアート思考』末永幸歩さんと語る作品鑑賞。
末永幸歩 Facebook:https://www.facebook.com/yukiho.artthinking
「鑑賞者の解釈」と「作者の意図」は対等に存在していい
ーー「アート思考」とはどんなものなのでしょうか?
末永幸歩さん(以下、末永):
「アート思考」を考えるに至ったきっかけは、20世紀のアートでした。私自身、美術を勉強していましたが、わかったようなわからないような気がしていたんです。20世紀のアートはとくに、作品だけをみて「綺麗」や「上手」といった言葉では片付けられないと感じたんですよね。
そこで、作品だけを見るのではなく「作品の裏側にはどんなものがあるんだろう」と考えていったんです。すると、アーティストは自分なりのものの見方で世界を見て、その答えを創り出していることに気づきました。さらにそれが、世の中に新しい問いを生み出すことがあることにも。アート鑑賞というと最終的にできあがった作品だけを見てしまいますが、アーティストたちが作品を生み出す過程で、自己の興味から考えていくことを「アート思考」と名付けています。
辻愛沙子(以下、辻):
近年の現代アートを見ていると、世相や社会課題などの時代背景、それこそ今ならコロナの影響などが反映された作品が増えてきている気がします。そもそもアートより前に背景や文脈を理解していないと、作品を理解しきれないのかなと思うこともありますが、社会と作品の関係性の理解というのも、アート思考において重要なのでしょうか?
末永:
アート鑑賞には「背景とのやりとり」と「作品とのやりとり」の2種類があると考えています。「背景とのやりとり」として、作者が捉えた世界を考えていくというのも、もちろん一つの鑑賞です。アート鑑賞というと、この「背景とのやりとり」が必須だと考える方が多いですよね。
でも、アーティストの意図とはまったく別の次元で、鑑賞者なりの見方でアートを鑑賞する「作品とのやりとり」があってもいいと思うんです。 作品を観て、"鑑賞者自身が"感じたこと、考えたこと。それが作者の思いと違ってもいいんです。鑑賞者もアーティストと対等に自分の視点をもつことが面白さになっていく。
辻:
「作者が正解」ではなく「自分の中にも解釈があって、作者と対等でいい」というのは、なんだか安心しますね。大人になるほど、自分の想像力や解釈が尊重される機会は、少なくなる気がしていて。認知が発達すればするほど「どこか外側に“正解”のようなものがあって、それを導き出さねばならない」という思考に陥ってしまいがちですよね。作者の思いを知ったうえで「自分だったら同じテーマをどう描くだろう?」と妄想してみるのも面白そうです。
現実と想像と創造を、アートを通して考える
ーー実際に、辻さんが選んだ作品を末永さんと一緒に鑑賞していただきたいと思います。お二人とも作品の背景を知らない状態ですね。
辻:
はい、こちらの作品を選びました。作者の紹介も読んでいません。まさに先ほどお話があった「作品とのやりとり」の鑑賞になりますね。
シム・シメール《SSC ナイト ストーム》 技法:ジクレ+アクリル
辻:
作品を観て、「もしも自分がこの世界の中に立っているとしたら」という考えが浮かびました。きっとこの壮大な絵の中で、私はほんのちっぽけなサイズ。その場に立っているとしたら、雷が鳴っていて怖いなとか、この木のそばに行こうとか、分厚い雲で空が薄暗いなとか、そんなことを感じていると思うんです。実際に見える部分はきっと雲の下端まで。でもそれがひとたびアートになると、本来自分の目線では見えない雲のさらに向こう側の世界まで感じられる。実際の空がどんな構造かは関係なく、感覚や想像が捉える世界というのはどこまでも自由でユニークなんだなと感じました。
末永:
あぁ、いいですね。いまのお話、すごくいいなと思いました。
そう思うと、子どもが描く絵と表面的には似ても似つかないですが、本質的に近いところがあるなと感じました。子どもって視覚的に見たものではなく、頭で知っているもの描くんですよね。この作品も一見、視覚的に捉えた風景を描いているようですが、それは雲の下だけで。あとは頭で知っている世界みたいなものが描かれているのかなと思いました。「頭の中にある現実」を創造して描く絵も、大きく捉えるとその作者にとってはリアリズムであるとも言えますよね。「雲の上にある現実」を“想像”しているのかもしれないし、もしかしたら、「作者の頭の中にある空想」を描いた“創造”の絵かもしれません。
辻:
なるほど。想像と創造という考え方も面白いですね。たとえばこの作品は、きっと創造によって拡張された世界を形にしたものなんだろうなと感じました。
天野喜孝《妖精シリーズ2009 Pink》《妖精シリーズ2009 Violet》技法:ジクレ
辻:
花という現実の対象物に妖精を補完して描いた作品というより、天野さんの頭の中で広がっている世界をそのまま描き出した作品なのかなと感じました。想像と創造、どちらも楽しいですね。本来は二つとも、どこまでも自由で主観的であっていいはずのものなのに、日常で大人が表現したり話したりする機会がなかなかないように思います。見たものをそのまま話すことはあっても、頭の中にしか見えないものや妄想を語ることって社会生活においてあまり歓迎されないことが多いんじゃないかなと。「いかに客観的かつ論理的に議論をするのか」という軸ばかりが評価されがちというか。でも本当は想像や創造の力こそ、人間がもつ魅力だと思うんです。アートを通すことで、子どものころにあった想像力や創造力を取り戻すような、気づきのきっかけになりますよね。
アーティストのように、風景や頭の中から問いや仮説をたて、自分の答えをゼロイチでキャンバスに落とし込んでいくのはなかなかハードルが高いかもしれませんが、作品を通してなら忙しい現代人でも一歩目を踏み出せるのではないかなと思います。技術や経験、知識のいかんに関わらず、誰にでも解釈や想像(創造)の扉が開かれていることが、アートならではの魅力だなと感じます。
末永:
そうですね。アートを通してでなくても、アート思考はできると思います。入り口としてアート作品が相応しいなと思うのは、いろいろな価値基準があるところです。アートって原価がいくらであっても考え方によって価値がすごく変わるもの。だからこそ、観る人がいろいろな角度から「自分の答え」をつくりやすい側面があると思います。
アート思考の先にある、自分の価値観で生きる日常
ーーアートやアート思考が身近になることで、日常に変化はあるのでしょうか?
末永:
先日、アート思考のワークショップを1年ぶりに開催した場所で、運営の方と再会したんです。一見アートと遠いイメージもある事務職をされている方で、去年のワークショップでは感想などはとくにお話されず、もくもくとお仕事をされていました。その方が「1年間ですごく変わりました」と話しにきてくださったのがとても嬉しくて。お仕事の中で自分の考えをもてるようになっていったそうなんです。
生きていくことは選択の連続だと思いますが、その中で他人の価値観にもとづいて選ぶのではなく、少し引っ掛かりをもって自分の価値観を大事にしてみる。アート思考を通じて「他人と違ってもそれでいいんだ」と思えるようになると、生活や仕事、学びなどあらゆることが自分ごとになっていって楽しいですよね。その方はきっと、日々のちょっとしたことの中でも変化を感じてくださったのかなと思います。
辻:
すごく素敵ですね。クリエイティブな仕事に限らず、生きていくって、何かの対象を通して自分の価値観や意志に気づいていくことの連続だと思うんです。たとえば片付け一つとっても「自分がその時に何を考えて買ったのか」「なぜ今の自分には必要ないのか」と、捨てるという行為を通じて自分自身が映し出される、みたいなことってありますよね。アート思考は日常のいろいろな瞬間で自分を見つけ出し、そして自由にしてくれる存在なんだなと思いました。
社会を見てみると、たとえば数年前までは働くことに対して、レールに乗ったり二項対立でどちらかを選択したりする風潮が強くあったと思います。いまもその空気感は残りつつ、「自分らしく」という言葉を耳にする機会が増えてきました。一見、自由でポジティブなように思えますが、自分自身の内面に思いを馳せる瞬間が少ない大人たちにとって、これまでレールがあったところから、いきなりはしごを外されたような感覚になり、不安に思う方も多い時代なのではないかと感じています。無理に「自分らしく」を探そうとするのもまた一つの固定観念な気がしていて。そんな中でアート思考は、自然に自分の価値観を探っていけるツールになりそうですね。
末永:
まさにおっしゃる通りです。私が受けた学校教育もそうですが、決められた方法にのっとって効率よく正解を探す経験が多かったですよね。これまではその方法でうまくいってきたかもしれません。でも変化の大きい今の世界においては、一つの正解を探し出していくのではなく、まだ存在しない答えをつくっていくことが、いろいろな分野で大切になってきている。そんな中で、アートが見直されているのかなと思います。
私はアート思考の効能に「自分の答えをもてるようになること」があると思っているのですが、「言える」ではないんですよね。言語化はまた別のスキルなので、言葉にできなくても自分で感じて、心の中にもてるものがあればいいなと思うんです。アートの魅力は自分の視点で世界を捉えなおせること。アート思考があれば、大それたことをしなくても日常生活がまた違った見え方をしてくると思います。
①カーク・レイナート《アイランド ゴッデス》
技法:ミクスドメディア
この作品は、見た瞬間にびっくりしました。小さい頃に祖母と湯布院の温泉宿に行ったとき、宿から由布岳がこんな感じで見えたんです。山を見ながら祖母が「あの山は何に見える?」と問いかけてくれて会話したことを思い出しました。
②J.トレンツ・リャド《カネットの階段》
技法:油絵
すべてが絵の中で語られていなくて、解釈の余地がある抽象的なところが好きですね。逆さに見ても面白そうだなと思いました。
③シム・シメール《SSC ナイト ストーム》
技法:ジクレ+アクリル
最初は特別に目を引く訳ではなかったのですが、先ほどこちらの作品を見ながらお話していて、頭の中の「創造」が入っているのかなと思うと気になります。